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    練吉はもうさつきから殆ど一人でぐいぐいやつているにもかゝはらず、むしろ青い顔だつた。

    「いや、高間さんは大漁ですがね。わたしの方はさつぱり駄目ですよ」

    が、その時、彼はすぐ傍でさつきから盛子がひろげたり畳んだりしている大きな紅い紙の袋みたいなものに目をとめた。

    「あのう、笹井へ往診がございますが」

    房一は又重たげな恰好で坂路を登つて行つた。下を見ると、心持阿弥陀あみだに被つた練吉のソフト帽が、もう小さく桑畑の間を走つているところだつた。彼は、練吉の気弱さうでもあり、又疳かんの強さうにも見える眉のあたりの色を、今ごろになつて急にはつきり思ひ出した。

    「どうも御苦労さま、暑いところを」

    「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」

    「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」

    「おぢいさん、そんなに立つてばかりいないで腰をかけなさいよ」

    閑静で温泉もあるという家は売家だから住めない。貸家の方はたいがい山の上の温泉のない家で、ぜひ住んでくれないかと云ってきた空別荘も、景勝閑静な山荘であったが、温泉がなかった。

    正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。

    「ほう、さうか。毎年あるのかね。そいぢや、これから度々見られるわけだな」

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