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    房一はふと自分に返つて訊いた。

    その何番はわたしの隣室で、当分お客を入れないといったのも無理はない。そこは幽霊(?)に貸切りになっているらしい。宿へ帰ると、私はすぐに隣座敷をのぞきに行った。夏のことであるが、人のいない座敷の障子は閉めてある。その障子をあけて窺うかがったが、別に眼につくような異状もなかった。

    「大石の御老人は見えんやうだな」

    房一はそれに目をとめていたが、急に強い口調で、

    この時、練吉が又小耳にはさんで訊き返した。が、明かにそれはさつきの小耳訊きとは様子がちがつていた。殆ど一人で盃を傾けていたせいもあるが、つい今まで沈んでいた練吉は僅かの間に一足とびに深い酔の中に入りこんでいた。

    「相沢さんも見えないな」

    と、徳次は足を踏ん張つたまゝ今泉に云ひかけた。こんなに彼の方から話しかけるなんてことは滅多になかつたので、よほど虫のいどころがよかつたのだらうが、それでもいつものあの愚弄するやうな色は争はれなかつた。

    「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」

    「うむ」

    富田の仲買は表向きの商売ではなかつた。彼には小造りではあつたが格子戸の入つたしもたや風な家もあるし、山林や田地も人並みには持つていた。だが、それも地主として納るほどではない。用があつてもなくても、何となく用ありげな顔で方々に現れては話しこむ。そして、他愛のない噂話や雑談の中から自分の儲け口を見つけるのに妙を得ていた。彼はあらゆることに、例へばどの田は段あたり何斗米がとれるかも知つていたし、河原町近在の山もどこからどこまでが何某の所有であるかも、時にはあらかたの立木の数ものみこんでいたし、或る家では地所を拡げるために境界の石をこつそり一尺ほど外に置き換へたのだといふ類たぐいにいたるまで通暁していた。おまけに口達者だつた。したがつて多少煩さがられながらも、用のある時にはたしかに重宝な人物にちがひなかつた。恐らく彼自身もそのことはわきまへていたのだらう。何となく小莫迦にされながらも、今日ではどこの家へも自由に出入りできる特権のやうなものを自然と獲かち得ていた。同時にそれは一種鹿爪らしい表情となつて現れていた。

    読経がはじまつた。皆話をやめてその方を向いて坐り直した。

    「な」の字さんは翌年よくとしの夏にも半之丞と遊ぶことを考えていたそうです。が、それは不幸にもすっかり当あてが外はずれてしまいました。と言うのはその秋の彼岸ひがんの中日ちゅうにち、萩野半之丞は「青ペン」のお松に一通の遺書いしょを残したまま、突然風変ふうがわりの自殺をしたのです。ではまたなぜ自殺をしたかと言えば、――この説明はわたしの報告よりもお松宛あての遺書に譲ることにしましょう。もっともわたしの写したのは実物の遺書ではありません。しかしわたしの宿の主人が切抜帖きりぬきちょうに貼はっておいた当時の新聞に載っていたものですから、大体間違いはあるまいと思います。

    どこかで、「営林署だ」といふ声が聞えた。そして、黒い人影は左手へ向けてぞろぞろと走つて行つた。何か叫び声のやうなものがその方で起つていた。

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